熾火 ★★★★

東直己 角川春樹事務所 ; ISBN:4758410305 ; (2004/06)
《ネタバレあり!》
熾火
柏木薫織または道警の不祥事をめぐる長編の三作目にして、探偵畝原が登場。畝原モノはえぐい話が多いんですが、それに見えない悪意の偶像、柏木薫織と(本編にはほとんど登場しませんが)、社会悪という個人では対抗できない悪意が絡めば、ひどくなるのも当然で、ひたすら理不尽に物語は進みます。前2作「ススキノハーフボイルド」「駆けてきた少女」を読んでいる読者でなければ、よく解らないまま振り回されているだけかもしれません。そういった意味では、一本の小説としては完成度は低いです。
ただ、このラスト。救われたはずなのに、それこそが凄惨に思えるエピローグ。しかし、その現実と向き合う畝原と明美の悲愴なまでの決意に、言葉にできない思いを感じました。
人の持つ悪意のベクトルと善意のベクトルは本当に等価なのでしょうか。
最近の凶悪な事件をニュースで見ると、善意には限界があるけれど、悪意は際限がないような気がしてなりません。
自分の大切な人が、人間として崩壊するほどの肉体的、精神的苦痛にあってもただ生きていてくれることだけを願う状況。
これが小説の中だけであってほしい、そう思わずにはいられません。しかし、現実は時として小説を凌駕します。
だからこそ、現実に怯まない物語を読みたい。東直己は、そんな物語を読ませてくれる作家の一人だと思います。